澱々の昼、陰翳の中で

昼の本郷三丁目に、夜のような時間があった。


澱々。
知人が営むその店は、黒く塗られた木のカウンターと、
暗がりに沈む食器棚、古い器やグラスが静かに並ぶ場所だった。

この日は、トルコを行き来しながら料理を探求している方が、ターキッシュの皿を振る舞っていた。

入口から差し込む昼の光が、店内の暗がりに静かに入り込む。
光は、すべてを照らそうとはしない。

グラスの縁に触れ、器の白を浮かび上がらせ、黒いカウンターの上に細く残る。

明るさではなく、
暗がりの中に置かれた、ひとすじの気配。

料理には、異国の香りがあった。
けれどそれは、強く主張するものではなく、古い器や木の艶、酒の香り、
人の手元と混ざりながら、ゆっくりと馴染んでいくものだった。

昼なのに、夜のようで。
賑やかなはずなのに、静かで。
見えているのに、どこか見えすぎない。

その曖昧さの中に、心地よさがあった。
最近、自分が惹かれるものは、強く言い切るものよりも、余白を残すものなのだと思う。

光そのものより、光を受け止める暗がり。
新しさより、時間が染み込んだ質感。
説明される美しさより、しばらくしてから胸に残るもの。

食事をした、というより、ひとつの陰影の中に身を置いたような時間だった。

昼の光が、暗がりに沈んでいく。
その静かな境目に、しばらく心が留まっていた。

うした場所に触れるたび、自分がつくるものの輪郭もまた、少しずつ確かになっていく。