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昼の本郷三丁目に、夜のような時間があった。
澱々。知人が営むその店は、黒く塗られた木のカウンターと、
暗がりに沈む食器棚、古い器やグラスが静かに並ぶ場所だった。
この日は、トルコを行き来しながら料理を探求している方が、ターキッシュの皿を振る舞っていた。
入口から差し込む昼の光が、店内の暗がりに静かに入り込む。光は、すべてを照らそうとはしない。
グラスの縁に触れ、器の白を浮かび上がらせ、黒いカウンターの上に細く残る。
明るさではなく、暗がりの中に置かれた、ひとすじの気配。
料理には、異国の香りがあった。けれどそれは、強く主張するものではなく、古い器や木の艶、酒の香り、
人の手元と混ざりながら、ゆっくりと馴染んでいくものだった。
昼なのに、夜のようで。賑やかなはずなのに、静かで。見えているのに、どこか見えすぎない。
その曖昧さの中に、心地よさがあった。最近、自分が惹かれるものは、強く言い切るものよりも、余白を残すものなのだと思う。
光そのものより、光を受け止める暗がり。新しさより、時間が染み込んだ質感。説明される美しさより、しばらくしてから胸に残るもの。
食事をした、というより、ひとつの陰影の中に身を置いたような時間だった。
昼の光が、暗がりに沈んでいく。その静かな境目に、しばらく心が留まっていた。
うした場所に触れるたび、自分がつくるものの輪郭もまた、少しずつ確かになっていく。
瑠璃光院を訪れた。
畳に落ちる光、障子と柱がつくる直線、窓の向こうに広がる深い緑。
そこには、強く語りかけてくる美しさではなく、静かに整えられた余白があった。
何かを足して飾るのではなく、残すべきものだけを残すこと。
その場に身を置いていると、日本的な美意識とは、形そのものよりも、形と形のあいだに宿る気配なのかもしれないと思う。
光と影。内と外。直線と揺らぎ。人の手で整えられた空間と、その外側で静かに呼吸する自然。
それらが互いを邪魔せず、ひとつの静けさとして在っていた。
A-Y2のジュエリーも、そういう美しさに近づいていきたい。
過剰に語らず、強く飾り立てず、それでも、身につける人の中に確かな輪郭を残すもの。
金属の線、石の色、光を受ける角度。そのわずかな要素の中に、静けさと緊張、そして余白を宿すこと。
瑠璃光院で見た景色は、A-Y2がこれからも大切にしたい美しさを、静かに思い出させてくれた。
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